支援金報告インタビュー第四弾【Rさん:男性】①

前回からかなり時間が開いてしまいましたが、支援金をお渡しした方へのインタビュー第四弾です。
Rさんは児童養護施設での生活を経験されました。施設での生活の中で実践されていたこと、施設を卒業してからの苦しい経験、自身と同じように施設で育つ子供達に向けての想いなどをお話ししてくださいました。

――施設に入った経緯を教えてください。

児童相談所で担当していた人とたまたまこないだ連絡があって話していて、僕が思っていたのと少し違ってる部分はあったんですけど…

妹と父母との4人で暮らしていました。母の体調がよくなくて、崩すたびに相談所に一時預かりで預けられて2~3回くらいそれがあって。母親が父親と離婚してしまって、母親は妹で精一杯、一人で面倒を見られないから、小学1年生の夏の時に児童相談所に本格的に入って、小学1年生の3月の春くらいに施設に来たと自分では思っていました。

母親に虐待を受けていたのはたしかで、ご飯がなかったり外で寝かされたり、暴力だったり。学校があるときは給食があったのでなんとか生き延びることができたんですけど、夏休みとかは給食とかないじゃないですか。なので、そういうときに児童館に遊びに行っていたときにお菓子をもらっていたらしくて。あるときに食に飢えていたのか、コンビニでおにぎりコーナーのところで泣きながら食べていたのを、児童館の園長先生がたまたま見たらしくて、この子危ないってなって、児童相談所に引き取られたということは聞きました。

親の虐待がメインで児童相談所に入って、児童養護施設に移動になったって形ですかね。

どういうタイミングで児童養護施設に入ったかということは曖昧な部分はあるんですけど、

虐待もそうですし、まともにご飯を食べられなかったことも、ちゃんと寝られなかったということも鮮明に覚えています。

 

――施設に入ってからのことをお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。

小さいときは大きい子が荒れていたりとかで、よく大きい子のストレスがあったときはサンドバッグみたいにされていたり、同期だったら仲間はずれとか…、例えば遊ぶにしても仲間に入れてもらえず、大きい子からもいじめられてというのが日々続いて。

ずっと我慢とかしたりしていたのですが、小さいときから思っていたのは、「俺が大きくなったら施設の柱になってみんなと仲良くして遊びたい」というのがあって、大きくなれば力もつくし、けんかしていたら止められるし、困ったことがあったら相談に乗れるしっていう、そういうふうになりたいなっていうのがあって、大きくなるにつれてそういうのを実行しはじめて、中学3年の時になったらそれなりに理想の形になれたのかなと思います。

たとえば遊ぼうぜって大きい子に言っても、いいよって言ってもらえるし、小さい子もRちゃんRちゃんみたいな感じで寄ってきて一緒に遊ぶし、男女関係なく、陣取りとか鬼ごっこで遊ぼうぜみたいな感じで。自分が率先して声をかけて、中にいる子供も外で遊ぼうぜって引っ張り出して。当時はそういうのがなくて、俺自身が柱になってくれる人が誰かほしいなって思っていて、自分も声をかけてもらえなかった、遊びたいと言えなかった人間なので、そういうのは率先して。もしそれで遊ばないって子がいたら、気にはするけど、別にそこを尊重してっていうのはできるし、基本は全員に声をかけてあげようかなって、そうすればひとりぼっちにはならないと思うんで。そういうのがあってって感じですかね。

 

――上の人からの暴力だったりとかがあって、みんな自分もされてきたからしてしまうというのがあると聞いたことがあります。

それは聞きますね。小さい頃やられていたから大きい子は自分が・・・みたいなのあるらしいんですけど、自分は園長先生にもおまえはすげえよなって言われて。大きくなったら自分が小さい子をいじめるとかパシリとかそういうのをするというのはごくごく自然な流れらしいんですけど。おまえは絶対そういうことしないよなっていわれて。僕は逆にそういうのがあったので、俺が嫌だから、止められる人間になれればいいなって、それに大人が言うよりも子供同士で言った方が絶対聞くし、そっちの方がインパクトは強いと思うんですよねっていうような話はしてて。

多分僕は児童養護施設で育ったんですけど、そういう意味ではちょっと特殊なんで。

園長先生とかほかの職員には、そういう部分をかってもらって、おまえ職員にならないかって言われたことはあります。

 

――ご自身で自分は他の人と何が違ったと思いますか?

あくまでも当時はとにかく友達がほしいって多分思っていたんです。特技とか趣味(殺陣が得意)っていうのは、自分から入ったっていうものが1個もなくて。例えば結果論からいうと今、殺陣も好きですし、アニメも好きですし、っていうのはあるんですけど。もともとは友達が、例えばある男の子だったらアニメが好き、カードゲームが好き、バンドが好きっていうことに対して、僕も覚えて、その延長線上ではまっちゃったというスタンスなんですよ。そこから徐々に人も増えて、カード好きな子にも好きなアニメがあるんだけど、こういうの二人は話合うからいんじゃない?みたいな感じでどんどん輪を広げるみたいな。そうすればなんか中心人物になれるかなというのがあって。もともとは友達、話せる人遊べる人がほしいという一心から始めたという感じですかね。

 

――そうやって周りの人を巻き込んでいけるのはすごいですね。

いい意味でも、悪い意味でも。よく怒られていたのが、本当は5時を過ぎると自分の部屋に戻らないといけないんですけど、5時くらいになればほとんどの子が部屋にいるので、そこから全員に話しかけに行ったりしてたことです。ちょろっと顔を出して「よっ」みたいな声をかけてあげるだけでもやっぱり違うんで。全員に話しかけられないから5時になっても戻らなくて、僕は大人の人に怒られるんですけど。もう怒られ慣れているので全然良くて、その子と一言でもしゃべれる時間の方が絶対に必要だと思ってただやってました。

それで多分、園長先生とかほかの職員からも職員やらないかって言われたんですけど、僕は断ったんです。やれない理由のひとつとして、多分5時になったら普通の職員だったら「5時だから帰りなさい」って言うと思うんですよ。ただ僕は僕として接したいので、僕が職員をやったら多分それを言えない。でも大人なんだからそういうのはダメでしょみたいな感じで指摘されると思うんですね。職員になって「職員として子供と接しなさい」と言われなかったとしても、多分そういう状況になりうる可能性があると思ったので、僕は“R”として子供と接したりアドバイスしたいなと思って、職員になることはやめたんです。

(②につづく)

寄付でご支援いただけませんか?

財団活動の多くは無償ボランティアの善意によって成り立っています。しかし子どもたちを継続して支援するためには、どうしても資金が足りません。

もし私たちの活動にご賛同いただけるなら、自由に使えるお金のうち少しをシェアしていただけませんか?
月100円からはじめられます。

生まれてきてよかったと子どもたちに思ってもらえる未来をつくるため、私たちは決して諦めません。