目標金額 支援者一人あたり 12万円/年 × 3年間  募集人数 検討中

井田楓香さんのプロフィール ※本人が特定されないよう個人情報に多少の修正を加えています。

 

◇18歳 女性 (福島県出身)
◆父・母・姉2人の5人家族の末っ子として生まれる
◇4歳から児童養護施設で暮らす
◆中高時代はソフトボール部で活躍する
◇2022年4月より関東地区の4年制大学に入学
◆目標:社会福祉士の資格を取得してソーシャルワーカーになること
◇趣味は音楽を聴くこと

自分のことや、趣味のこと

私はとにかく明るいタイプだと思います。
学校ではいじられキャラで、自分から話をするというよりは人の話を聞くのが好きです。
その反面、つらいことがあると気持ちが沈んでしまうこともあって、顔に出てしまうタイプです。
趣味は音楽を聴くことで、特定のミュージシャンのファンではありませんが
その時々で気に入った音楽を邦楽、洋楽問わず聞いています。
体を動かすことが好きで、中学から高三までソフトボール部で頑張っていました。
勉強は得意ではありませんが、好きな学科は英語です。

井田楓香さんの生い立ち

家族構成は父、母、姉が2人の5人家族の末っ子として福島県で生まれました。
生まれたときにはすでに、姉は二人とも児童養護施設で暮らしていて私と父母の三人で暮らしていたそうです。
その後、私もすぐに児童養護施設に入ることになります。
原因は幼かったのでよく覚えていません、唯一覚えているのは母がずっと働いてて父が家にいたということくらいです。
虐待のようなこともあったかもしれません、一番の原因は私を養うことができなかったことじゃないかと思います。
その後父とは小学校4年生くらいまで面会で会うこともありましたが、その後は一切会っていなくて、母とは施設に入ってから一度も会っていません。
それから、5歳の時に二人の姉がいる今の児童養護施設に入ることになりました。
最初は不安いっぱいでした。姉がいるということも最初は知らなかったので他人のような感じでしたが次第に仲良くなれて、
姉が施設にいてくれたおかげでさみしくはなかったです。
小学生時代の私は活発過ぎてよくものをこわしてしまって叱られることが多い子供でした。
毎日鬼ごっこや雲梯ばかりして、勉強は全くしていませんでした。(笑)

中学校・高校時代

中学生時代にソフトボールと出会いました。姉が2人ともやっていたので自然と好きになり、1年生のときからポジションはピッチャーで4番で試合にも出ていました。ピッチャーが私一人しかいなくて弱小クラブだったのですが地区でベスト4にまで進むことができました。
高校へはスポーツ推薦で地区の強豪チームに入ることになります。
部員は40名以上いて、中学で活躍した人ばかりが入ってくる中で自分では一生懸命努力したのですがレギュラーにはなれませんでした。
でも周りの仲間と一緒にチームが一つになって試合に勝つために自分自身は精一杯頑張ったと思います。
その時に周りの人に対しての感謝の気持ちをもつことができたような気がします。
たとえば施設に帰ってきてから、職員さんがご飯を作ってくれたり、私が遅くに帰ってきてもお風呂掃除をしてくれたり、様々なサポートをしてくれたことは決して忘れません。

児童養護施設での暮らし

施設では50名くらいの子どもが生活していました。
普通の家にいる友達やみんなと自分は施設で暮らしているということで悩んだこともありますが、今の施設での暮らしが充分幸せなので周りと比べなくても自分自身がしっかりとやれていれば大丈夫、気にしないでおこうと決めました。
2人の姉は卒園しましたが、いまだに3人でよくあっていて、昔一緒に遊んでいた時のことをお話するその時がとても楽しいです。
小さな時から私の面倒を見てくれた職員さんが転勤した時はとても悲しかった思い出や、共同生活ならではの窮屈なこともありますが、行事が多くてディズニーランドにみんなと一緒に行けたことなど楽しい思い出も沢山あります。
私が部活で遅く帰ってきても優しく接してくれた職員さんが私の父や母です。この施設で暮らせたことに感謝していますし、これからは私が立派になって、施設には募金などで恩返しをしたいと思います。

進学から将来の夢

社会福祉士になりたいと思ったきっかけは、もともと人に役に立つ仕事をしたいとなんとなく思っていたのですが、なりたい職業がなくて悩んでいたときに、自分の適性を調べたときに社会福祉士の仕事があるということを知ったのがきっかけです。最初は専門学校に進学して作業療法士になろうと考えました。
その後もっと専門的な知識を身につけたいと考えて、大学に行こうと決意したのは高3の11月でした。そこからは大急ぎで勉強をして様々な奨学金の手配などをし、職員さんのサポートのおかげもあり無事大学に進学することができました。

進学のためのお金は施設の近くの会社でアルバイトをしてお金を貯めました。
今は東京で生活することに対して不安はありますが、なんとか頑張って卒業したいと思っています。
両親に対しては生んでくれてありがとういう感謝の気持ちはありますが、会いたいという気持ちは今はありません。

支援者の皆様と施設の子どもたちに向けて

これから私を応援してくださる人に向けて、私がやりたいことに対して応援してくださることに感謝します。これから大学で頑張ってなりたい自分になれるように頑張ります。
施設にいる子どもたちには、自分たちが施設にいることが本当に幸せなことだと思うので、そのことに対して感謝の気持ちをもって生活してほしいです。

みらいこども財団・スタッフの感想

楓香さんはとっても明るくて前向きな印象をもちました。過去はつらいこともあったと思いますが、クラブ活動を通じて一つのことに対して一生懸命努力した経験から、周りの人に対しての感謝の気持ちを強くもつことができたのでしょう。これからソーシャルワーカーになることを目標に頑張る楓香さんを応援していただけますようお願いいたします。

 

入学から卒業までの計画

支援金の使い道

学費
生活費

支援者様への報告
毎月みらいこども財団よりメールで近況報告を送ります
数ヶ月に1回Zoom報告会を開催します(本人出席)

 

 

 

 

井田楓香さんを応援してほしい理由

職員Aさん

小さいころから、よく食べてよく寝て、外で体を動かすことが好きで、笑顔のかわいい女子でした。学業と部活、部活引退後は、アルバイトと両立して何事にも意欲的に生活を送っていました。お菓子作りをしたり、みんなのお弁当を作ってくれたり、お手伝いも進んでやってくれました。小さい子たちの話も優しく聞いてくれ、みんなからとても慕われていました。また部活引退後も、自身の体を思いウォーキングや体力づくりも欠かさず行っていました。
これからは自分のことを一番に考えて、夢に向かって頑張って欲しいと思います。進学先が遠方になってしまうので、中々会えなくなってしまいます。どうか一人ではない、支えてくれる大人がいると思えるよう、温かくそして時には厳しくサポートをお願いします。

職員Bさん

まだまだ寒い日がつづいていますが施設を退所し、新生活が始まるまでの時間が刻々と迫ってきています。
振り返れば高校受験の年、自分自身の努力と積み重ねがあったからこそ得意なスポーツで進学することができましたね。学生生活は部活動に励み、時には思い通りに行かない時や、自分と向き合わなければならない辛い時間もたくさんあったことでしょう。それを乗り越え、時の流れは早いもので4月から新天地での生活が始まろうとしています。
今までの生活とは正反対の環境変化についていけるかが、送り出す側としては少し心配です。でも今まで頑張ってきたことと、誰とでも仲良くできる性格を武器に、バイトや友達を増やし充実した生活ができるとおもいます。
まだ色々な面で、不安があると思いますが、周りにはたくさん相談に乗ってくれる人がいます。抱え込まずに、体調に気をつけて頑張ってください。遠方にはなりますが、応援しています。
真っ直ぐで、頑張り屋で、その分自分を我慢させてしまう一面もあります。そんな自慢の担当児童をこれからは、社会の一員として皆さんの力で、支援をお願います。

職員Cさん

彼女は、三姉妹の末っ子でいつも姉の背中を見ながら生活してきました。与えられた自分のやるべきことに精一杯努力のできる子です。今回高校卒業を機に自分のやるべきことを自ら導き出し進学を決めました。悩み迷いながらも、自分自身と向き合い自分の将来を見出す力を持っている子です。自分の未来を自分の足で歩み出そうとしている彼女に支援していただき、彼女がより輝き邁進していくところを見守っていただきたいと思います。
施設を代表して太鼓判を捺して支援者様へバトンタッチしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

職員Dさん

ただ一言に尽きます。彼女は私たちの自慢の子です。よろしくお願いいたします。

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