目標金額 支援者一人あたり 12万円/年 × 2年間  募集人数7人

井田徹平君のプロフィール ※本人が特定されないよう個人情報に多少の修正を加えています。

〇18歳(インタビュー時) 男性 (関東地区生まれ)
〇兄二人、妹一人の三男として生まれる。生まれた当初は父、母の6人家族
〇3歳のころから児童養護施設で暮らしている
〇2025年4月から2年制のファッション系の専門学校に進学する
〇将来は自分のアパレルブランドを立ち上げることが目標

 

自己紹介

長所:一度話をした人と仲良くなれること。自分から積極的に話しかけることができる性格で、とくに一人ぼっちで寂しそうな子には声をかけてあげたくなります。だから友達は多いと思います。
工作や書道が得意で、中学校3年間連続で金賞をとりました。美術の時間に書いた絵は県の美術館に展示されたこともあります。
その他自分で布を切って綿を入れてお守りやキーホルダーを作って職員さんにプレゼントしたこともあります。

短所:同じことを長時間つづけることが苦手です。好きなことでも1時間くらいで電池切れになります。その代わり集中力はあると思います。
自分の気に入らないことがあると、すぐに顔や態度に出してしまうところがあり、周りの友達などに気を使わせてしまうことがあります。でも喧嘩はしません。

趣味:クレヨンしんちゃんが大好きで、アニメや映画にはまっています。グッズもあつめていて50くらいのいろんなクレヨンしんちゃんを持っています。
映画やアニメは友情や家族の大切さを学ぶことができる大人が観ても感動するのでぜひ見てください。

料理:最近は一から手作りでホールケーキを作りました。1年前までは包丁すらもてなかったのですが、自分でも作れたほうが良いと気が付いてから、職員さんに教えてもらいながら、今ではカルボナーラ、お稲荷さんなんかも作れるようになりました。
料理を作った後の達成感と、食べてもらった人からの「おいしい」の一言がうれしいです。

 

幼少期と家族について

関東地方で生まれ、四人兄弟の三男として育ちました。兄が二人と妹が一人おり、家族構成は六人家族でしたが、彼が3歳の頃に今も暮らしている児童養護施設に入所しました。その当時の記憶はほとんどなく、幼少期からずっと施設で育ってきました。

彼は施設での生活を通じて、多くの職員さんや兄弟のような存在の仲間たちに囲まれながら育ちました。特に彼の兄二人の存在は大きく、兄たちと一緒に生活することで寂しさを感じることなく過ごすことができたと思います。

施設に入所した当時はまだ幼かったため、実の両親との記憶はほとんどありません。2歳以降は一度も両親に会ったことがなく、その存在も徐々にぼんやりとしたものになりました。しかし、職員の方々が親代わりとなってくださり、温かい環境で成長することができました。

 

 

小学生時代

小学生の頃はとても甘えん坊な性格だったと思います。何をするにも「一緒にやって」「手をつないで」などと甘えることが多かったと聞いています。それは施設の兄弟や職員さんたちに可愛がられて育った影響が大きいのかもしれません。

学校ではムードメーカー的な存在で、クラスの中心に立って行事や活動を盛り上げるタイプだったと思います。特に熱心に取り組んでいたのは合唱団の活動でした。小学4年生から合唱団に入り、最初は先輩の紹介で興味を持ちましたが、次第に自分の意志でのめり込んでいきました。合唱団では大会4位まで進出し、毎日の練習や大会に向けた準備などが大きな思い出となっています。特に、朝練で校庭を走りながら呼吸法を鍛えたり、大きなホールでの本格的な練習は、他の小学生ではなかなか経験できない貴重な体験だったと思います。
一方勉強は大嫌いで、宿題をしないと叱られるので施設の中庭を逃げ回っていました。

 

中学生・高校生時代

中学・高校に進むと、さらに社交的な一面が強くなりました。入学初日から周囲の人に話しかけ、すぐにたくさんの友達を作ることができました。
一人でいる子や少人数で固まっている子を気にかけることが多く、積極的に声をかけてコミュニケーションを取ることを心がけていました。そのおかげで友達も多く、学校生活で寂しさを感じることはほとんどありませんでした。

中学校では吹奏楽部に所属してトランペット担当して、音楽の楽しさを覚えました。
大会出場を目指して自分のソロパートを一生懸命練習していたのですが、施設内でコロナ感染者がでてしまい、濃厚接触者となってしまい出場できなかった出来事がいままでで一番悔しい思い出です。
でも自分の代わりに出場してくれた後輩が、自分の分まで頑張ってきましたと言ってくれた時はとてもうれしかったです。

相変わらず勉強は大嫌いだったので、施設の近くで入れそうな高校に進学しました。
クラブ活動には入らず、アルバイトを頑張りました。
残念だったことは高校では退学する人が多く、仲の良い友達が学校をやめてしまったりしたことで、自分も退学しようかと考えた時期もありました。
そんなときに担任の先生が毎日電話をかけてきてくれたり、手を差し伸べてくれた友達がいました。施設の職員さんが、「いままで助けてくれたまわりの人のためにも頑張るべきだよ」言ってくれたおかげで卒業まで頑張ることができたと思います。

 

 

 

将来の夢

将来の夢は「自分のブランドを立ち上げること」です。高校卒業後はファッション専門学校に進学し、ファッションビジネスを学ぶ予定です。この学校を選んだ理由の一つは、兄が同じ学校に通っていたことにあります。兄と一緒にショッピングをしたときに服のことを教えてくれたことがきっかけでファッションに興味を持ち、自分もこの道に進みたいと考えるようになりました。

ファッションに興味を持ったもう一つの理由は、ネットで服を購入する際に「デザインはいいけど素材が気に入らない」「素材はいいけど柄が好みじゃない」と感じることが多かったからです。自分が本当に着たい服、自分と同じようにこだわりを持つ人たちのためのブランドを作りたいと思っています。

 

家族のこと、児童養護施設のこと

父については2歳のころから児童相談所も行方をつかめていないそうで、顔も知らない父のことを考えるだけの材料がないので、思いようがないというのが正直なところです。

母については、家庭相談所を通じて過去に手紙のやり取りをしていたこともあり、顔写真をもらっているので母のことを思い出すことはあります。
なぜ自分はこんなことになったのか、ひょっとしたら母と一緒に暮らせていたらどうなっていたんだろうと思ったり、一般家庭のお子さんをみていると、怒りを感じることもあります。
でも、そのおかげで児童養護施設の職員さんや子どもたちと会えて成長したので、今の自分をみて安心してほしいという思いもあります。
施設の職員さんとは兄弟のように何でも相談できる間柄です。
中学生時代は、ぶつかり合いもしましたし、喧嘩もたくさんしました。でも長年職員さんの日々の大変な仕事をみていたり、自分が施設にいた先輩の立場になったときに初めて大変さを実感したときに感謝することができて、職員さんとの関係性が強くなったと思います。
今は高校を卒業して晴れ姿を職員さんに見てほしい、そして3月いっぱいで施設を卒業しますが笑顔でさよならしたいと思います。

 

インタビュー後記

幼い頃から施設で育ちながらも、社交的で人との繋がりを大切にし、さまざまな趣味や興味を広げてきました。合唱団での経験や料理、手芸などのものづくりへの関心、そしてファッションという夢に向かって努力を続けています。彼の明るく前向きな性格と挑戦する姿勢は、今後の人生においても大きな力となるでしょう。
ファッションビジネスを学び、自分のブランドを立ち上げるという夢に向かって、これからも頑張ってほしいと思います。

 

 

資金計画

(簡易版)

 

(詳細版)

 

 

支援者様への報告
毎月みらいこども財団よりメールで近況報告を送ります
数ヶ月に1回Zoom報告会を開催します(本人出席)

 

徹平さんを応援してほしい理由

 

職員Aさん

退所後、自立のために一人暮らしの選択をしてそれに向けた準備を職員と一緒にがんばり、退所しましたね。無事に専門学校に入学をして、環境がガラッと変わり不安だらけの毎日だと思いますが、人に愛されるあなただからたくさんの人と関わりをもちながら過ごしてほしいと願っています。もちろんわたしたちもこれからもずっとあなたのサポートをしていきますよ。

 

職員Bさん

様々な葛藤がありながらも人とのコミュニケーションを大切にして成長しましたね。

新生活は大変なことも多いと思います。あなたの長所である【愛されキャラ】を存分に生かして、今後も人との繋がりを大切にして欲しいと思っています。足元を見失わないよう前進してください。

いつでも味方です。

職員Cさん

本当に多くの人に愛され送り出され、いよいよ新生活がスタートですね。

急に自分でやらなければならない事が増え、一息つく時間もない大変な毎日かと思います。

全て自分で抱え込まず、周りの人を頼ってください。あなたの魅力は周りの人に必ず伝わります。

わたしたちはこれからも応援し続けます。

 

寄付でご支援いただけませんか?

財団活動の多くは無償ボランティアの善意によって成り立っています。しかし子どもたちを継続して支援するためには、どうしても資金が足りません。

もし私たちの活動にご賛同いただけるなら、自由に使えるお金のうち少しをシェアしていただけませんか?
月100円からはじめられます。

生まれてきてよかったと子どもたちに思ってもらえる未来をつくるため、私たちは決して諦めません。