目標金額 支援者一人あたり 12万円/年 × 3年半 募集人数5人
〇18歳(インタビュー時) 男性 (関東) 〇実母の体調が悪化し、幼少期の3年間を児童養護施設で過ごす 〇その後家庭に戻るも継母との関係がうまく行かず、小学校3年生から高校3年生まで児童養護施設で暮らす 〇2026年4月より4年制大学の理工学部に入学
趣味は読書で、専門書などはあまり読まないのですが、ミステリー小説が好きです。また、趣味と言えるかはわかりませんが、一人暮らしなので料理も結構するようになり、豚の生姜焼きや焼きそばなど、簡単なものが作れるようになってきました。 大学ではボランティアサークルに入っています。また、高校時代に山岳部に入っていたこともあり、大学でもハイキングサークルに入っていますが、予定が忙しかったりして今のところは一度も行けていません。
一つのことに対して難しいことがあっても最後までやろうとする「諦めない性格」です。負けず嫌いなので、「どうせやったなら最後までやろう」と思って取り組みます。今自分ができていないことがあっても、人の3倍や4倍努力することで人と同等、あるいはそれ以上にできるようになると思っています。高校時代も模試等の点数を友達と競い合い、負けないように一生懸命勉強していました。 一方で、自分がやりたいことに集中すると他の面が疎かになってしまうところがあります。テストの時期などに課題や勉強を優先するのは良いのですが、その分家事などに手が回らなくなってしまうので、視野を広げてしっかりできるように直していきたいです。
あまり覚えていないのですが、出身地は多分埼玉県で、0歳のときに別の県に移動して3〜4歳くらいまで家族と暮らしていました。家族は父、母、10歳くらい離れた兄が一人います。
幼稚園の半分くらいまで家にいましたが、母が病気になり養育が難しくなってしまったことなどがあり、施設に入りました。そこで幼稚園と小学1年生の3年間ほどを過ごしました。当時の記憶は曖昧ですが、普通に楽しく暮らしていたと思います。
小学2年生のはじめ頃に家庭に戻りました。その時期に新しい母が来て一緒に暮らしていたのですが、生活などが合いませんでした。 特に記憶にあるのは、新しい母から「嘘をつくな」とよく言われたことです。自分としては悪意があって嘘をついたつもりはなかったのですが、曖昧な返答や誤魔化しから解釈の違いが起こり、何度も繰り返し否定されたり怒られたりして喧嘩になりました。父は仕事で働きに出ていて不在がちでした。
一度施設に入っていたこともあって、おそらく父親が児童相談所との定期的な連絡の中で相談し、2年生の中盤くらいから児童相談所の一時保護所で半年ほど暮らしました。外に出られず、学校にも行けないため、一時保護所の中で勉強していました。友達にも何も知らせないまま急に学校に行けなくなり、そのまま転校したことは悲しかったです。
その後、3年生で幼少期とは異なる児童養護施設に入り、そこから高校3年生まで暮らしました。施設では外出や自分のゲームができたりして自由度がありました。
2年生頃までは算数が苦手だったのですが、施設に入って公文に通うようになり、いろいろやっているうちに算数や数学ができるようになり、それに比例して勉強が好きになりました。
中学校は小さい学校だったため、小学校の頃と同じような友達が多く楽しかったです。
部活は野球部と卓球部の二択で、外が嫌だったため卓球部を選びました。練習を重ねて市内3~4位くらいになり、中学3年生の最後の団体戦では市内3位になりました。1年生や2年生の個人戦では県大会に行けるはずだったのですが、コロナがあって無くなってしまいました。
中学校生活で楽しかった思い出は、部活の大会や、京都・奈良への修学旅行です。当時の友達とは、先生の離任式を機に、大学生になってからも集まりました。
勉強面は、中学になって塾に入りました。小学3年生くらいから「量をこなせばできるようになる」「やればやった分だけ身につく」という感覚が得られたので、 続けてやっていました。
高校選びでは、レベルが高い方が自由そうだと思い、できるだけレベルの高い学校を目指しました。直前の模試の点数などを考慮して、元々目指していたところから一つ下の県立高校を選んで受検し、合格しました。実際に入ってみると、課題等は多くて大変でしたが、校則も緩くて自由度は高かったなと思います。
部活は雰囲気が良さそうだった山岳部に入りました。夏に3000メートル級の百名山に登ってテントで泊まったりしたのが景色も良く楽しかったです。
高校でも勉強は楽しく続けており、定期テストの結果は良かったです。国語などは少し苦手でしたが、完全に理系で数学などが好きでした。
通っていた高校がほぼ99%進学する環境だったため、流れで進学するのが当たり前だと思っており、他の選択肢は考えませんでした。 学費が安い国公立大学を志望しており、元々数学が好きでモノづくりが楽しそうだと思っていたため、電気・電子系の分野を希望していました。
しかし共通テストの結果があまり良くなかったため、共通テストの配点が低く二次試験の配点が高い大学へ志望変更して前期・後期ともに受けましたが不合格となり、併願で受けていた私立大学に進学しました。学費や生活費は、給付型や条件付きで給付になる奨学金などを集めてやりくりしています。
大学進学後のくらし
現在は大学の近くで一人暮らしをしながら通っています。1年生のうちは専門科目だけでなく第二外国語の中国語や一般教養なども勉強しています。英語はリーディングは得意ですがリスニングは苦手なので頑張りたいと思っています。
アルバイトは面接を受けたりもしたのですが、働ける日数が少ないことなどが理由で落ちてしまい、今はしていません。学業が忙しくあまり時間が取れませんが、機会があれば週1〜2回くらいはしたいと思っています。
施設は途中で建物が新しく建て替えられて一人ひとりの部屋ができ、外出もできてルールもほぼ無かったため自由度がありました。他の人と比べて問題を起こさなかったから、緩くしてもらっていた面もあるかもしれません(笑) 年齢の近い下の子が夜に騒いでいたりすることがあるときは、少しストレスでしたが、高校生くらいになるとあまり関わることもなかったです。
一人暮らしを始めて自分で料理や洗濯をするようになり、施設にいた時に職員さんがそれらを全てやってくれていたことの大変さやありがたさを感じています。直接は照れくさくて言えていませんが、職員さんはみんな優しかったです。
また、施設には本格的なお寿司屋さんが来て握ってくれたり、遊具を立ててくれたりするボランティアが来てくれたり、イベントがたくさんありました。自分がそのように施設でボランティアに来てもらっていた経験があったので、大学でボランティアサークルに入りました。自然環境の活動や夏祭りの手伝いなどに参加したのですが、またこれから色んな活動に参加してみたいです。
父や兄とは施設にいる間も定期的に面会(最初は月1回、成長につれて2〜3ヶ月に1回程度)をしていて、今も連絡を取ったりご飯に行ったりしています。
親に対する感情については、前向きともネガティブとも言えず「どっちにもない」というのが正直なところです。もう大人ですし、長い間一緒に暮らしていなかったので表現が難しいですが、「まぁ親だな」くらいの感覚です。継母とは現在は連絡を取ったり会ったりはしていません。
将来は大学で学んだ電気・電子の知識を活かせる仕事に就きたいと思っています。今のところは大学院の修士課程まで進み、メーカーや製造業での研究や製造などの仕事に就くことを考えています。
どんな大人になりたいかというと、「優しくて明るい人」です。中学や高校の先生でいつも明るく裏表のない人がいて、そういう人と接すると自分も良い気持ちになれました。人に優しい人の方がきっと生活が楽しいですし、周りの環境も良くなると経験的に感じているので、自分も優しくて明るい人でありたいです。
自分の好きなことをやり続けてほしいかなと思います。
小さい頃にやったことが大人になって役に立ったり、才能が出て自分の思っているような道に進めたりします。他人がこう思っているからといって「やっぱりやめよう」とは絶対にしないでほしいと思います。
難関大学への進学に向けて日々努力を重ね、勉学に励む一方で、部活動にも精一杯取り組み、花も実もある、充実した高校生活を送り、まさに文武両道を体現していました。環境を言い訳にすることなく、常に目標に向かって努力し、夜遅くに塾から疲れて帰ってきても、その後にもうひと踏ん張りして参考書に向かう姿が、今でも思い出されます。桜が咲き、待ちに待った楽しいキャンパスライフを送れることを、心から願っています。弘輝さんであれば、これから待ち受けるかもしれないさまざまな苦難にも、きっと打ち勝っていけることと思います。辛苦の先には、たくさんの出逢いや幸せ、そして人のあたたかさが待っています。人生の歩みは、まだ始まったばかりです。これからも大きな夢に向かって、一歩一歩歩んでいく弘輝さんを、心から応援しています。
高校3年間のみならず、それ以前から常に先を見据えてストイックに努力を惜しまず、学校生活や部活動にも積極的に取り組みながら継続する姿には感嘆の思いでした。進学校であるが故に弘輝さん自身も高校の友人達も難関大学を狙っているという環境は常にプレッシャーもあったかと思いますが、無事大学に合格し、大学生活をスタートできて嬉しいかぎりです。弘輝さんなら大学進学をゴールとして捉えず、更に先を見据えていると思います。苦労することも、壁にぶち当たることもあるかと思いますが、弘輝さんなら乗り越えていけると思います。時には仲間や弘輝さんを支えてくれる周りの人を頼りながら、目標に向かって突き進んでください。応援しています。
(月収支)
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児童養護施設の子どもたちを支援するには長期間にわたっての支援が必要不可欠です。 現在、児童養護施設に入所する子どもは低年齢化、さらに長期化しております。 1歳から乳児院に入り、18歳で卒業するまで児童養護施設で暮らす子どもが増えています。 そのような子どもたちを長期間支援するために、サポーター会員として継続的寄付をお願いいたします。
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