目標金額 支援者一人あたり 12万円/年 × 3年間  募集人数6人

 

宮田 りなさんのプロフィール ※本人が特定されないよう個人情報に多少の修正を加えています。

〇18歳(インタビュー時) 女性 (九州)
父親からの暴力が原因で小学6年生から児童養護施設に入所
〇2026年4月より歯科衛生士の専門学校に入学 

自分自身のこと

性格は、初対面の人からも友達からも、まず「元気」って言われます。自分では普通のつもりでも「テンション高いね、どうした?」と言われたりするので、元気なんだろうなと思います(笑)

 

良い面を言えばフレンドリーなところで、壁なく喋れるタイプです。でも、感情がすぐ顔に出やすいのが悩みでもあって。社会に出た時に嫌なことがあっても、笑顔で流せるようになりたいなというのが今の目標です。

 

昔から自我が強い方でした。小学校の頃は、クラス内のヒエラルキーみたいなのが嫌いで、いわゆる「一軍」みたいな子に対しても対抗して喧嘩をしていました。高校でも最初は「イキってる」と誤解されることもありましたが、関わるうちに「これが素なんだ」とわかってもらえて、最終的にはみんなと仲良くなれました。

 

音楽は好きなことは食べたり、寝たりすること。特定の好きなアーティストはいなくて、いろんなジャンルを聴きます。最近はマカロニえんぴつや平成の懐メロを聴いたりしています。

生い立ちから幼少期

姉弟の「元気担当」

8人姉弟の次女として生まれました。女の子が多くて、賑やかな家庭でした。私は姉弟の中でも「元気担当」みたいなムードメーカーでした。
贅沢な暮らしではなかったけれど、姉弟がいつも近くにいて、近くの公園に遊びに行ったりする何気ない日常がとにかく楽しかったです。
そして、私にとって一番の安心できる場所はおばあちゃんでした。何かのときにはいつも相談して、おばあちゃんだけは私の味方でいてくれました。

小学校時代

父からの暴力と、外の世界を知って気づいた違和感

小学生になる前からお父さんからの暴力が始まっていました。当時は何が普通かわからなかったので、「自分が悪いことをしたから怒られているのかな」と思っていました。
でも、小学校に上がると他の子の家との違いが見えてくるんです。「うちでは怒られるようなことも、他の家ではそうじゃない」「なんで自分はここまで怒られなきゃいけないんだろう」と、理由がわからないまま激しく怒られる日々が続きました。

 

荒れていた高学年、そして突然の保護

高学年になると、家庭のストレスで心が荒れてしまいました。学校で友達とうまくいかないし、家にも帰りたくない。保健室の先生に相談して、なんとかやり過ごしていました。
転機は小学6年生の体育祭の終わりです。突然カウンセリング室に呼ばれ、そこには児童相談所(児相)の方がいました。お父さんから「他人に言うな」と言われていたので最初は家庭内暴力を否定しましたが、何度も聞かれるうちに本当のことを話し、そのまま児相に行くことになりました。
特に暴力がひどかった私とお姉ちゃんの二人だけが施設に入りました。お姉ちゃんは高校進学で家に帰りましたが、私は「帰りたくない」と言って施設に残る道を選びました。

中学校時代

全てが重なり、不登校になった1年生の後半

中学校時代は、本当に苦しい時期でした。施設に入ってまだ1年で馴染めない、家ともうまくいかない、友達も好きな人ともうまくいかない……。さらに、心の拠り所だったおばあちゃんとも連絡が取れない。
全てのマイナスが重なって、何を信用していいかわからず、怖くなって逃げてしまったんです。中1の後半から学校に行けなくなり、卒業式も出ませんでした。
施設でだらだら過ごしながら、自分から離れたくせに「孤独感」や「孤立感」がずっとありました。当時は、同じように不登校だった施設の子や、特別教室の優しい先生が、数少ない心の支えでした。

高校時代

「心機一転したい」と、施設を変えての再出発

中学で逃げてしまったせいで、楽しいはずの時間を失った後悔がありました。「高校では友達と一緒に時間を過ごしたい」「中学と同じようになりたくない」という一心で、地元を離れ、今の施設に移って心機一転やり直すことを決めました。

高1の頃は慣れない環境に泣いたり、高2では「悪いのはお父さんなのに、なんで私だけ施設なの?」と周りとの違いに悩むこともありました。でも、「言っててもしょうがない」と区切りをつけたんです。バイトを始め、友達と仲良くし、自分の居場所を社会の中に作っていきました。

 

憧れのJK生活と、親友の存在

私がこの高校を選んだのは、雑誌やSNSで見た「キラキラした女子高生」に憧れたからです。メイクをしたり制服を着こなしたり、理想のJK生活がそこにはありました。

一番の支えは、1年生からずっと味方でいてくれた友達です。その子がいたから、きつい時も「学校に行こう」と思えました。修学旅行のスキーは最高の思い出です。最終的にはたくさんの友達に囲まれて、本当に楽しい高校生活を送ることができました。

専門学校進学について

自立を見据えた「歯科衛生士」への道

卒業後の進路として、私は歯科衛生士の専門学校を選びました。最初はコミュニケーション能力を活かした営業職を目指して大学進学も考えましたが、「自分を甘やかすとダメになる」と自己分析しました。

徹底的に見てくれる専門学校の方が自分には合っている。そう考えていた時に友達から歯科衛生士の話を聞き、自分にも良いかも…と思ってこの道を選びました。

何より、将来自分に子どもができた時、自分のような苦労をさせず不自由なく生活させてあげたいという強い想いがあります。給料が安定していて、結婚や出産を経ても復帰しやすい歯科衛生士は、私の人生設計に一番合っていると思いました。

 

自立へ向けた一歩と、新たな不安

現在は専門学校への入学を控え、自分の時間を楽しみつつ、一人暮らしの自立に向けた準備をしています。(インタビュー時)

専門学校は女の子が多いので、「うまく仲良くできるかな」という不安も少しありますが、それ以上に新しい生活へのワクワク感の方が大きいです。

施設での暮らし、職員さんへの思い

反発を越えて、今の私がある理由

施設に入る前は、もっと不自由な場所だと思っていましたが、意外と個人の尊重があって自由なんだなと感じました。でも、門限などのルールは正直ずっと嫌いでした(笑)

ただ、もし家に帰っていたら、今の高校には通えなかったし、一人部屋もなかった。大嫌いなお父さんと過ごすことを考えれば、施設の生活の方がずっと充実していました。一方で、家族の中に自分の話題が出ないと聞いて寂しい思いもあります。施設での生活を選んでよかったと思うけど、家にいたかったな…という気持ちもないわけではありません。

 

今の施設に来たばかりの頃は、正直言って施設も職員さんも大っ嫌いでした。最初にいたホームでは周囲と馴染めず、他の子から悪口を言われたり、私が言い返すと野球ボールを投げつけられたりしたこともありました。当時の私は本当に「腫れ物扱い」されていたと思います。

でも、職員さんは私のわがままにも一つひとつ付き合ってくれました。門限を守れなかったり、夜中に帰ってこなかったりして、何度も迷惑をかけました。その度に車で迎えに来てくれたり、別のホームを特別に開けて泊まらせてくれたり……。

振り返れば、私を見捨てずに注意し続けてくれたことに感謝しかありません。先日、卒園式でちゃんと「ありがとう」を伝えることができました。

 

家族への思い

「暴力」という反面教師と、母への複雑な葛藤

お父さんのことは今でも大嫌いです。顔が腫れ上がるまで殴られたり、金属バットで叩かれたり、その跡は今も足に残っています。暴力で解決しようとする姿を見て、「私は絶対に暴力をしない」と決めることができた。そこだけは、反面教師として「ありがとう」という感じです。もう一生関わらないでほしいし、将来、結婚式にも絶対に呼ばない、そう決めています。

お母さんに対しても複雑です。あまりに度が過ぎていたら止めてくれますが、基本的には放任で、暴力から守ってくれませんでした。

また、高校1年生のときに「もう施設が嫌だ」と電話をしたときに、「あなたが施設に行くと決めたんでしょ、甘えないで」と突き放されたので、お母さんのことも正直嫌いなんです。それなのに私が写っている写真をSNSのアイコンにしているのを見てしまって…、「どう思っているんだろう」とわからなくなります。でも結局はお母さんがお父さんに精神的に依存してしまっているので、今は必要最低限の関わりでいいと思っています。

 

大切な存在

おばあちゃんとだけは今でも泊まりに行くなど、関係が続いています。本当に大好きで長生きしてほしい。そして、姉弟たちも大好きです。「何かあったら私のところにおいで」と言いたい。私が頑張れるのは、いつかおばあちゃんや姉弟を支えられる存在になりたいからです。

将来の目標

患者さんに安心して通ってもらえる歯科衛生士になりたいです。歯医者さんって、定期的に通い続けなければ意味がありません。だからこそ、「またあの人に会いたい」「あの人がいい」と思ってもらえるような愛想の良さと優しさを大切にしたいと思っています。

 

そして、一人の大人として「慕われる人」になりたい。今はまだ子どもっぽいと言われることもありますが、色んな人から信頼されて、「あの人なら頼れる」と言ってもらえるような、「私がいい」と思ってもらえるような、代わりのきかない存在になりたいです。

 

後輩へのメッセージ

毎日の中で先生とうまく関われなかったり、色んな悩みがあったりすると思います。でも、決して一人で抱え込まなくていいし、先生を頼って良いよって思います。
後になって気づくことがたくさんあります。反発してしまうこともあるかもしれないけれど、最後に「ありがとう」は言った方が良いよねって思いました。

 

 

 

 

 

職員様からのメッセージ

職員Aさん

施設の移動も経験しており、施設での生活も長く身の回りのことは綺麗好きできちんと整えることできていました。自分の意見もしっかり持っていますが、融通が利かず自分自身が苦しい思いをする時もありました。自分の将来像など描いて、それに向かって動くことはでき、将来に向けてアルバイトも頑張っています。良くも悪くもおもて裏がないので、自分で振り返り改めることもできる児童です。たくさん、職員にはお話をしてくれましたね!夜に、りなさんとお話をするのがとても嬉しかったです。
自分に甘いところはありますが、今までは職員がすぐ指摘をしてきましたね。一人での生活で心配も大きいですが、頑張ってくださいね!時に厳しく優しく支援していただけるとありがたいです。

 

職員Bさん

これまでの生活の中ではつらい経験もあったといつも話してくれました。
それでも「自分は絶対に暴力をしない」と決めているあなたの強さと優しさは、本当に素晴らしいものです。その想いは、これから出会う人たちの心をあたためる力になります。
これから先、きついと感じることの方が多いかと思います。思い通りにいかないことや、不安になることもきっとあります。でも、あなたにはそれを乗り越えていける力があります。
あなたの持ち前の明るさ、元気さ。「ありがとう」と感謝を伝えられる優しさ。自分の気持ちをちゃんと言葉にできる強さ。それらは全部、これからのあなたを支えてくれる大切な力です。だから大丈夫です!あなたなら、どんなときもあなたらしく前に進んでいけます。
歯科衛生士になるという夢に向かって専門学校へ進むあなたを、心から応援しています。大変なこともあると思うけれど、その先にはきっと、あなたがなりたい自分が待っています。
これからも、りなさんらしく、一歩ずつ進んでいってくれると思うので、支援をどうぞよろしくお願いします。

 

職員Cさん

進学を決めて、たくさん悩みたくさん迷いましたね!
しかし、自分で決めた道、りなさんらしく真っ直ぐに進んで欲しいと思っています。
高校1年生から始めたアルバイト、はじめのうちはなかなか人間関係を作れず、辞めてしまったこともありました。
しかし、高校3年生から始めたアルバイトは掛け持ちしながら頑張っていますね!アルバイト先の方にも可愛がってもらえてて、本当に安心しました。
時々、強がって自分を出しすぎてしまうりなさんですが、しっかりこれからのことも考えています。
将来の夢を叶えることが出来るよう、応援していきたいです。
歯科衛生士の専門学校、とても学費も高く国の奨学金だけではなかなか賄うことが出来ません。どうぞ支援の方をよろしくお願いいたします。

資金計画

(月収支)

 

(詳細版)

 

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