社員日記

福島

2022年03月11日

東日本大震災から11年が経ちました。
私自身は東北に所縁はありませんが、日本にとって忘れることできない日だなと感じます。

震災当時、離れた地にいる高校生だった私にできることは何もなく、
その後も被災地の現状を直接見るという経験をしないまま年を経て社会人になりました。

2019年9月、ボスの経営者仲間が毎年主催している(コロナ禍でここ2年は中止になっています)
「福島復興スタディツアー」に参加させていただきました。

震災から8年が経過していたので、当然のことながら瓦礫の街並みなどではなく、
かなりきれいになった街並みを見学して行ったのですが、
帰宅困難区域を通ると、そこには当時のままの町があって、
窓ガラスが粉々になっている建物、そこに草が生い茂っている、
その光景を見たときに復興ってどこまで進んでいるんだろうか?と何ともいえない気持ちになりました。

また当時の子ども達が書いた作文を読んだのですが、
そこにはすごく前向きな言葉が書いてあって、たくましさに感動する一方で、
大人になったこの子たちは今も希望を持てているのだろうか?ということも考えていました。

私は児童養護施設の子ども達に関わる課題に取り組んいるけれど、
日本や世界にはほかにもいろんな問題があって、そのすべてを解決する力は
当然ながら自分にはないんだと無力感に打ちひしがれたのを覚えています。

命がけで福島第一原発の現場にいらっしゃった方のお話をお聞きしたり、
福島を元気にしよう!と取り組んでいる方のお話をお聞きすることもできました。
自分には何ができるんだろう…と帰りのバスで泣きながら気持ちを皆さんに話しました。

家に帰ってからも悩んで、出した一つの答えが「仲間を増やすこと」でした。
自分一人では解決できなくても、それぞれの課題に取り組む人が増えれば解決できる、
そんな志を持つ人を増やせるようなことを仕事にしようと決意して、
タイミングやご縁もあって、今みらいこども財団で働いています。

福島は私に大きなきっかけを与えてくれた場所になりました。
そのことを今日はもう一度思い出そうと、長々となってしまいましたが書き記しました。

今、世界では憤りを感じる出来事が起こっています。
私にできることは何もないと改めて現実を突きつけられますが、
それでもほんの微々たるものかもしれないけれど、自分にできる精一杯のことをと
取り組むことを忘れないようにしたいです。

この記事を書いた人

松村 明香
松村 明香
経営企画室所属の新米社員。
1994年生まれ。京都府宇治市出身。趣味はテニス。
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